9月10日、鬼怒川の洪水被害があった常総市、難を逃れた
対岸のお寺に、お伽羅の供養塔がありました。たまたまお参りしたくなり、ふらりと立ち寄ったお寺でした。
以下、伝説のあらまし
昔、幾日も幾日も大雨の降り続いた年があった。
鬼怒川は増水し、河畔の村々では皆が今にも決壊しそうな堤防を固唾をのんで見守っていた。
逆巻く濁流に全てを押し流される恐怖心は募るばかりで、誰も彼も唯なす術もなく天を仰ぎ無力感に襲われるばかりであった。
そんな時、誰云うともなく、「龍神様に人柱をたてて怒りを鎮めてもらおう」と言いだした。
その声は次第に広がり、誰を人柱にするかということになったが、誰もすすんで人柱に立てようとする人はいなかった。
人柱をたてるということは難工事の際、荒ぶる神の心を和らげる為、犠牲に(いけにえ)として生きた人を水底や
土中深く生き埋めにすることであるため、誰一人として愛しいわが子を人柱にしたくはなかったのである。
その時どこからともなく「お伽羅を人柱にしよう」と誰かが言い出した。
お伽羅という娘は、諸国巡礼の母娘の二人連れで、旅の途中、水海道まで来た時、母は病気で亡くなり、
天涯孤独の身となった娘であった。名主が境遇に同情し、奉公人として養っていた。
気立ての良い心のきれいな娘であったが、村人達は身寄りのないお伽羅を人柱にしようとしたのだった。
名主は反対したが、他に代りがあろう筈もなく、とうとう賛成し人柱にすることが決まってしまった。
嫌がるお伽羅を「皆の為、村の為に犠牲になってくれ」といい水中に投げ込んでしまった。
お伽羅は哀しい悲鳴とともに激流の中に身を没していった。
やがて悲しい出来事も終わり、村は水没することもなく、家屋敷財産田畑、何一つ失うことなく人々は助かったが、
一人として明るい表情をみせる人はいなかった。
皆が罪の意識にさいなまれ、ある者は「川の中からお伽羅の鳴き声が聞こえた」といい、
又、村に疫病が流行り始めると「お伽羅の祟りだ」と言って畏れた。
いつしか、人柱にしたお伽羅を供養しようということになり、村中こぞって鬼怒川辺りでお伽羅の霊を慰めた。
村落の菩提寺であり、この地方の本寺でもある安楽寺に供養塔を立て、お伽羅の菩提を弔うようになった。
疫病もおさまり平安な暮らしが戻ると、お伽羅の供養の為として「伽羅免」と呼ばれる田畑をお寺に寄進し、
永代に亘り供養がつとまるようにとの村人の願いからであった。
茲(ここ)にまつられる石塔は、村人の改心と感謝の誠をあらわしたものと伝えられている。
優しいお伽羅の哀しい一生を思い遣り(やり)、懺悔と慈悲の懇ろ(ねんごろ)なる供養と
末永き回向がつとめられることを念じつつ・・・
南無妙法一心観佛 安楽寺第五十六世住職博英謹誌
~今回の水害は、奇跡的に人的被害はなかった
お伽羅さんのおかげなのかな・・・すぐ対岸での出来事、なんだか心がざわざわしました。
つぎにお参りするときは、供養塔にお花を捧げようと思います。
ぽたさん 2015-10-27 20:32:34
そうなんだ〜(´・ω・`)
悲しいお話しやな〜
99さん 2015-10-27 22:16:32
あまりにタイムリーすぎて寒気したわ
しかし、昔話で人柱にされるのはいつも
色白・・
美人・・・
気立てが良い・・・・
若い ・・・・・
意地悪で、気が利かず、大酒飲みで 最悪のブス これじゃダメなんか~ヽ(*`Д´)ノ え~ ?
ぽたさん 2015-10-27 22:29:05
効き目がなさそうやしなw
99さん 2015-10-27 22:41:02
w ぶっさいくで嫌われもの・・・ これじゃ
「始末」 「処刑」
なるほどです
ぽたさん 2015-10-27 22:47:49
罰当たりそうな会話でごめんなさいw
99さん 2015-10-27 22:52:14
お花とお線香でお参りするから大丈夫ですよ~ ん
ぽたさん 2015-10-27 23:01:14
ぽっくんの分もよろしゅうw
( ー`人ー´)なむ〜